DID(解離性障害)診断に至った経緯(人からの情報と、医者の話)

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今回はきちんと話していなかった発覚した経緯などお伝えしたいと思う。

何故という点については、起点となった出来事を忘却するために生まれたものなので詳しくは言及できないことを理解しておいてほしい。それを踏まえて書いていきたいと思う。

このブログ自体がそうだが、結局自分語りでしかないので興味ない人は回れ右を推奨する。

現在も含め、三年ほど医者に通う

うつ病や発達障害傾向があるとWAISや問診で診断されるも、うつ病やADHDに関しての薬を一年以上服薬していてもあまり変わらない状況が続く。(そもそも発達障害は薬より環境調整のほうが必要)ちなみにストラテラカプセルは服用していた。

参考

https://adhd.co.jp/otona/kaiketsusaku/treatment.html

薬代や、診察代、カウンセリング代など、金がかさみ、かつ実家の目があるので実家を出たいい機会と病院にあまり通わなくなる。

二週間に一度通うくらいの生活になったが、状況は変わらず。あきらめも出てくる。ただ、あきらめてもパニックを起こし叫ぶなどの症状は変わらない。かつ、感情は急変しやすい、ずっと泣いてうずくまっていると思ったらパッと切り替えて(当時は切り替わったという印象はなかった)支度して出ることができる等、不審な点はいくつか散見された(らしい)

FGO冬まつりで少し遠出する日の前日に記憶喪失(知らない名前を話し出す)。眠ったら元に戻るらしいがそこから症状の顕在化が見える。(赤城高原ホスピタルのことをそこから調べ始める)

冬まつりに行った時の宿泊先(友人宅)にて猫人格が出現。その際、人格自体がごちゃ混ぜであったから混乱を引き起こし、布団をひっかき遊ぶ、一緒にいた同居人にひっかくなどした。(個人のものなので出せないが、動画や録音もしている)

無事帰宅したが、おかしいと思い、赤城高原ホスピタルから得たDID(解離性同一性障害)という症状について、前かかっていた医者(初診の診断書が必要なため伺った)と、実家から出て応急処置的に通い始めた医者(便宜的にセカンドオピニオンの医者と呼称する)に相談する。

セカンドオピニオンの医者にロールシャッハテストを受けるように指示される。結果に関しては、医者に、よくわからない、精神が未熟などいわれ、

解離性症状に照らし合わせると、ロールシャッハテスト測定者からの結果としては空想に逃げることがあるなど出ており当てはまっている。いわゆる一般的なうつ症状の傾向ではない

初診の医者が開業することもあり、そちらに行くことにする。

初診の医者に『今まで見てきたところから照らし合わせ、同居人との話からDIDという傾向はあるように思われる

現在。

である。

診断が下るまでは、かなりの人格が、自分は存在していないのではないかなど不安を訴え、別に存在してるしなど楽観的に考えられる人格との落差も相まって不安定な状態であった。

現在、仕事に関して、バイトができるのかなど色々不安なところはあるのだがおおむね家事などでき始めている。

まぁ包丁が不安じゃないかといえば、人格交替の痙攣(自分の場合)や料理の不出来などは人格によってあるがとりあえずは良好である。

現在変わりやすくなる環境は

空腹時

のみである。

一時間に一回くらいは何もなくても変わったりするし、電車に乗ってて不安になり叫び声を必死にこらえることもあれば大丈夫なこともあるので、人格交代の起点となるものについてはいまだ不明である。

不明じゃないならプチ多重人格的な形で、場面によって変えられると思うが、できないからDIDなのであって。

今のところできることは、人格の記憶の風通しを良くするくらいなのかとは思っている。

幸か不幸か、特別活動的な人格がじぶんにはおらず、問題点としては、記憶の整合性が取れない(ここで何をしたいのか、言いたいのかがわからなくなる)くらいである。あと出てくるのが猫人格が多いので、片言だったり日本語が不自由になるくらいか。

ただ、今後混ざっていた人格が暴力性だけをもって分離することもあるので経過観察と注意することは必要だと思った。

以上が自分のここ数年から現在までである。

家庭環境などはあるのだろうがおいおい話していくことだろう。

ADHDやASDも記載していきたいと思う。

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