DID(解離性同一性障害)の趣味事情

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以下はタイトル通りの趣味というものが自己の確立にどれだけ関与しているのかという雑記である。

子供のころ(とは言っても主人格ではなく副人格である自分だったり主人格がポップアップ的な感じだったんだろう過去のことはわからん)、自己紹介というものが苦手だった。まぁ今も苦手なことに変わりはない。個別に色々持っているからいちいち言うのもたるいし。

しかし、自分たちは比較的好きなものが近い。どちらかというとオタクより何だろうとは思う。

目指すものがあるから顔出さないチキンだし、というかネットで顔出しこっわとか言われ始めた世代だからおいそれとしたくないのはまぁあるよね。

でも動画とかじゃないとそりゃ分かんないのは当たり前で。てか動画でも信用してもらえないんだから正直どうしようもなくねってのが自分の意見。

話がそれた。

でまぁタイトルの趣味につながるんだけど、自分の好きなものや趣味ってバカにできないんだよね。

好きな食べ物とか、タバコとか酒とか。それが違うからこそ人格を人格たらしめているわけで。タバコ嫌いな奴ばっかなのは悲しいことだよほんと。

まぁ喉にも悪いからよくないことはわかってんだけどさ。

性別も同じじゃないから同性愛的にみられることも多いけど中身は違うんだわ。てか俺女装したくないし。

あと他のところでも書かれててすげーわかるってなったのが、鏡とか無理だよね。一応DIDの誤解があると嫌だからあんまりDIDについてこれがDIDだって決めつけて言うのは気を付けてるんだけどさ。

他の記事でどうなってるっけ。変わる前に見直しときたいけど無理かもしんない。主人格の相方に見直してもらうことにするか。

よく言う推しも違う。FGOでは主人格はイスカンダルが好きだけど俺は紅閻魔が好き。

それに関してお金をつぎ込むなんてきっとバカみたいという人も多いんだろう。ソシャゲだしね。てかソシャゲが蔑称になってる気がするからなんかいい言い方ないかね。そもそもソーシャルってのは個人で楽しむゲームのことは指さない気がするからFGOは当てはまんない気がするんだよね。

すぐ話がそれる。

まぁ何を言いたいかというと、趣味とかってバカにできるもんじゃないって一番初めに戻るんだよ。

人間を人間だと定義するものに趣味とかが含まれるんじゃないかってのが一つの俺の意見。

あと納得出来たりしっくりくるという感覚はかなり大切にしたい。そもそも体がだるい、頭が痛いとかってのも感覚的なものなのにそっちは信用されて物が好きとかって同じ感覚的なものが信用されないってのは悲しいものがあるよな。

というか個として特異性があるのが人間であってそこが面白いところなのに、人間の共通の感覚の方が尊重されるのは悲しいことだね。まぁ主語が大きいのもよくはないんだけど。

そもそも共通の感覚があるのも怪しいもんだ。なくて当たり前なのになんで同じ感覚や感性があることで安心するんだろうか。よくわからん。

とりあえず脱線しながらかなり長くなりそうなんでまとめると、みんな違ってみんないいという風になるといいねなんて平凡な話になってしまうのは残念だからもう少しいいまとめ方ないかねぇ。と思う今日この頃。

終わり。

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