DIDにおける個々の人格とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

私の中には、体の性別と違う人格もいる。(嘘のような話だが人間じゃないのもたくさんいる)



私の治療体験では、半人半獣の「猫人格」(ないし、猫好き幼児人格)を有する患者が4、5人もいました。名前は「子猫」、「にゃん子」、「ニャ-」、「猫美」などです。私の経験では、これらはすべて、主人格の幼児期イメージであるか、主人格をサポートする役割を持っていました。猫のしぐさをしたり、ねこっぽい仕草をしたりしますが、ほとんどの場合、人間の言葉が理解できますし、喋れます。そのうちの2人は、時々私にEメールをくれます。ひとりだけ、「ニャー」としか言えない「猫人格」にも会いました。

http://www2.wind.ne.jp/Akagi-kohgen-HP/DID2.htm

不思議なものだが、猫の時は本当に日本語がしゃべれない。口を動かして発音しても鳴き声が出るのを見ているだけなのだ。

見ているだけとは本当の話で、猫の時はサイと呼ばれてもピンとくることはない。猫の時にもちゃんと名前はあり、喋ることが出来る猫とそうじゃない猫がいる。

喋ることが出来ない時は意思疎通の為にスマホを使うことが多い。書いてて自分でも笑ってしまうのだが、そうなのだから仕方がない。

体を動かしている様子はみんなにある程度共有されている。NetflixやAmazonPrimeなどで動画を見ているのと同じように四六時中(寝ているときは分からないが)上映されているようなものだ。だが、普通の人が動画を見ていて全部覚えていないように、人格にもそういうことが言える。それくらいの共有しかないのだ。

なので記憶の共有は非常に曖昧で単純な技術(スマホで文字を打つ、ソーシャルゲームやビデオゲームで遊ぶ等)に限定される。仕事等の複雑な作業に耐えられるかと言われると疑問が残る。現在は様子見というところで、このブログを書いている。

  

自分が単純に芝居をしているのではないかという疑問は常にある。DID(解離性同一性障害)を世間の目に公にした、かのビリー・ミリガンはある意味わかりやすかった。勿論、それがいいとは言わないが、おそらく決定的になったのが


真似できないようなイギリス訛りの人格(アーサー)や、煙草を吸う愛想の良い人格(アレン)などそれぞれの人格に入れ替わり、でまかせとは思えないものだったため検事官や弁護士、精神医学者には演技ではないと信じられた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ビリー・ミリガン

真似できないイギリス訛り”であろう。そういう点で行くと東北のかなり難しい訛り以外は日本人にこの判別法は難しいのではないだろうか。

唯一分かるとしたら、タバコを吸える人格とそうじゃない人格がいることだろう。お酒はみんな好きだが、タバコを吸えるのは一人しかいない。どちらかというと主人格(赤城高原ホスピタルの記事から言えば基本人格だが本名を認識する人格を主人格と便宜上記載する)はタバコが苦手で、個人的には吸いたくない。煙も匂いが染みついてむせるのであんまり得意じゃないともいえる。

でも体的には吸える。不思議な話だ。個人的には万国びっくり人間ショーにも出られるんじゃないかと思うが、頭の中の喧騒が外に漏れるでもない限りそういうことはないだろう。少しつまらない。

また、弊害は記憶の共有だけではない。性別の違う者もいるのだ、そこにはジェンダー論も密接に関わってくる。

長くなってきてしまったので今日はここまで。次回はジェンダー論について話そうと思う。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*